第10章朝の診断

アンナがドアを開けると、ウィリアムはすでに身支度を整え、廊下で黙って待っていた。

「どうしたの?」アンナが尋ねた。

「朝食だ」彼はぶっきらぼうに答える。「下だ」

「いま?」アンナは窓の外、まだ闇の濃い空をちらりと見て、ふと考え込んだ。

席に着くやいなや、召使いたちが料理を運んできて、テーブルに並べた。

アンナはスターリング家の習慣の奇妙さに思いを巡らせる。午前四時に朝食だなんて。

ということは、ウィリアムは五時には仕事を始めるのだろう。

ブライトン・ハーバーのビジネスを牛耳っているのも無理はない。あの献身は、彼女にはとても真似できそうになかった。

アンナは心の中で決めた。今日からは自分がもっと努力するだけではない。周りにも同じように促すのだ。まずはルーシーから。

そのころ家では、ルーシーがくしゃみをした。「誰か、あたしの噂でもしてるのかしら」

ルイ・フォックスが冷たい目を向ける。「いい気味だな!」

その一言で、ルーシーの怒りに火がついた。「ねえ、ルイ。アンナの居場所を言わなかったってだけで、そんな扱いするわけ?」

ルイは苛立ち紛れに携帯電話をテーブルへ叩きつけた。「他のやつは知らないかもしれないが、お前は分かってるはずだ。俺がアンナをどう思ってるか。何年経っても、心の中はあいつだけだ! まだ俺を兄だと思うなら、アンナがどこにいるか言え!」

「寝言は寝て言いなさいよ、ルイ。あんたじゃアンナに釣り合わない。信者のところへ戻ってなさい」

「誰があんな追っかけ連中なんか欲しがるか。見せかけだよ。俺の本当の恋はアンナだけだ!」

言い争っている最中、ルイの携帯が鳴った。

出ると、甘く媚びた声が耳に届く。「ねえ、ルイダーリン。まだ来ないの? 今日は初デートよ。忘れたの?」

「忘れるわけないだろ、ベイビー。待っててくれ、いま向かってる!」

通話を切ると、ルイは上着を羽織り、ドアへ向かった。

「へえ、それがあんたの本当の恋?」ルーシーは嘲った。

「黙れ。帰ってきたら相手してやる」

ルーシーは鼻で笑う。「アンナがあんたに惚れるなんて、よほど目が見えないのね」

そのとき、ルーシーの携帯が鳴った。アンナからだった。

「見つかった?」アンナが尋ねる。

ルーシーは額をぱしんと叩いた。頼まれていたことを危うく忘れるところだった。

「いま行く」そう言うと、彼女は急いで車を出し、スターリング国際医療センターへ向かった。

会う人会う人に写真を見せ、「この人を知りませんか」と尋ねたが、結局、手がかりは何ひとつ得られなかった。

ルーシーはアンナに電話した。「アンナ、どうしても見つけられない。みんな、この人は見たことないって」

アンナは眉をひそめる。「ここで見かけた人がいるって言ってなかった?」

ルーシーも腑に落ちない様子だった。「うん。その人、嘘じゃないって誓うほどだったのに」

「なら、人事の記録を当たるしかないわ。この三年の間にセンターに入った産科医を全員洗い出して」

ルーシーはうなずいた。「アンナ、心配しないで。あたしがやる」

そのころ、アンナもすでに医療センターに着いていた。エレベーターに乗り込むと、泣き声が聞こえた。顔を上げると、昨日会ったベンの父親だった。

「どうされたんですか?」アンナが声をかける。

男は顔を上げ、前日に息子を助けてくれたアンナだと気づくと、痛みに歪んだ表情で説明した。「今日は検査結果を取りに来たんです。そしたら医者が……ベンの脳に腫瘍があるって。手術が必要だと」

そう言いながら、彼は涙をぬぐった。

アンナは眉を寄せた。「でも、お子さんの体の状態では手術に耐えられません」

それを聞いたベンの父親は、顔色を変えた。

「じゃあ、どうすれば……。もう手術室に連れて行かれたんです」

アンナは足早にエレベーターへ引き返した。「手術室はどこ? すぐ案内して!」

「もちろんです! こちらへどうぞ」

ベンの父親はアンナとともに五階へ駆け上がった。手術室に着くと、看護師がちょうど中へ入ろうとしているところだった。

「待って! 手術を止めてください。この子は手術を受けられません!」アンナは声を張り上げた。

看護師は困惑した顔で見上げる。「あなたはどなたです? どうして手術を進められないんですか?」

アンナはきっぱりと言った。「昨日、聴診して、この子の心肺機能に問題があると分かりました。軽率に手術をすれば、命に関わります!」

看護師は疑わしげにアンナを見た。――この女、自分を奇跡の名医か何かだと思っているのかしら。

彼女はベンの父親に向き直り、落ち着かせるように言う。「今日の手術は担当医が執刀します。心配いりません」

そのとき、白衣の男性医師が数人の助手を従えて足早に通り過ぎた。アンナは咄嗟に呼び止める。「今日の執刀医ですか? この子は心臓と肺に問題があります。手術は延期してください」

医師は怪訝そうに眉を寄せた。「君は誰だ?」

アンナは焦りが募る。「私が誰かなんて重要じゃありません。大事なのは、この子の体が今の手術に耐えられないということです」

医師は見下すように笑った。「落ち着きたまえ。私はここの担当医だし、手術は数え切れないほどしてきた。ベンの状態も慎重に診ている。何も心配することはない」

助手たちはアンナをなだめようとし、その隙に医師は手術室へ入っていった。

アンナは、手術室の灯りが点くのをただ呆然と見つめるしかなかった。

ふとリチャードのことを思い出し、名刺を取り出して番号を押した。

「トンプソン先生、医療センターにいらっしゃいますか? 五階の手術室前です。緊急なんです、すぐ来ていただけますか?」

「今すぐ行く」短く答えると、通話は切れた。

リチャードは立ち上がって扉へ向かったが、オフィスの入口で助手に呼び止められた。「トンプソン先生、お待ちかねの予約の方が、もうすぐお見えになります」

リチャードは手をひらりと振る。「来たら先に対応しておけ。友人に会わなければならない」

彼は急いで五階へ向かった。

姿を見つけるなり、アンナは自分の所見を詳しく説明した。

リチャードは途中で遮った。「胸の音を聞いただけで心肺機能不全だと判断したのか?」

アンナはうなずく。「はい。とても特徴的な異常が聞こえました。聞き間違えるはずがありません」

リチャードの表情が引き締まり、即断した。「一緒に来い。手術用の格好に着替えて確認する」

動き出した二人の背に、ベンの父親が深々と頭を下げた。「お嬢さん、どうか息子を助けてください!」

「大丈夫。きっと助かります」アンナはそう言って彼を安心させ、リチャードに続いて滅菌室へ入り、着替えを始めた。

手術室の中では、生死を分ける事態が進行していた。

「急いで、輸血の準備を!」

「アドレナリンはどこだ、早く!」

その瞬間、モニターが甲高い警報音を発し、看護師が叫んだ。「不整脈です! 先生、この子、心臓と肺に問題があります!」

男性医師の顔色がさっと青ざめる。「ばかな……術前検査では異常なしだったはずだ」

「先生、血圧が急降下しています。どうしますか!」

まさにそのとき、アンナとリチャードが扉を押し開けた。

不吉なモニター音を耳にしたアンナは、みるみる表情を変えた。「まずい……」

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